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仮面ライダードライブの迷走の軌跡

一昨日仮面ライダードライブの記事を書きましたが、それに引き続く記事です。
一昨日はドライブの提示するヒーロー像を私がどう解釈したか、というアプローチでしたが、今日はドライブがどのようにして迷走していったか、という方向で書きたいと思います。
というのも、時系列の順に追っていく事で何故迷走したかが分かりやすく、奇妙な言い方ですが「整然と破綻した」という印象を受けているためです。

前回同様批判的なニュアンスを多分に含んでいるため、読み進める際はその旨了承をお願いします。

仮面ライダードライブは4クール間放送の作品で、クールが変わるごとに新展開が訪れ、そして異なる問題が出てきたように思います。
そのため、ここでは4クールごとに分けて問題点を見ていこうかと思います。


1クール目は物語の導入。
この頃は刑事ドラマを目指しており、ロイミュードが起こす犯罪を警察官が追うというプロットがメインでした。

しかし、この時点ですでに2つ、構造的な問題を抱えていたように思います。
1つ目が「警察と機械生命体という対立軸は正当なものであるか」という点です。

本来警察官というのは人類社会の法の枠組みの中で人を守る存在です。
大抵の刑事ドラマにおいても、「悪人であっても人間であるし、人間として裁く」という事は前提条件とされているかと思います。

それに対してロイミュード達機械生命体は完全に人類社会の外からやってきた脅威であり、人類社会の法律や理屈で裁ける相手ではありません。
敵が人類社会の理屈が通じない以上、警察官が対応するものであるかは疑問が残ります。
実際、初期の頃から「主人公が警察官である理由付けが弱い」という意見を何度か見た記憶があります。
ただ、それでも前半の頃は「警察」と「機械生命体」という二つの要素をどうにか繋ぎ合わせようと苦労していた様子は伺えました。
2クール目に差し掛かったあたりでしょうか、ロイミュードが人間をそそのかして犯罪を行うよう仕向ける展開が増えたのはその痕跡かと思います。

そしてもう1つの問題点は「機械生命体が侵略してきているという脅威を警察組織全体でどう認識しているか不明確」というものでした。
ロイミュードがグローバルフリーズを起こして反乱した後進ノ介らが所属する特状課が設立されたのですが、この特状課は閑職であるとされ、機械生命体の存在自体が警察内でも信じられていないという扱いでした。
グローバルフリーズで大きな被害が出ており、その後にもロイミュードが重加速現象を発生させて繰り返し事件を起こしているにも関わらず、です。
これについてはかなり後になってロイミュードの記憶操作がされていたという説明がされましたが、このフリーズの記憶操作能力は一人一人に針を刺す回りくどいもので、しかもロイミュードの犯罪は大々的に行われており、一切の認識の綻びなく警察関係者に対して隠蔽ができるのか? という点で大いに疑問です。

また、この頃は「ロイミュードは人間と違う価値観・道義で動く」事をほのめかすセリフが度々出てきており、初期には社会的な正義を問う構想があったのではないかという推測はできますが、今となってはどのような考えがあったのかは不明です。

ともあれ、このような構造的な問題を抱えたまま2クール目へと突入していきます。


2クール目に入り、マッハが登場して「死神」魔進チェイサーに焦点が当たってくるようになりました。
ここに来て、1クール目で出てきた刑事ドラマの面に加えて機械生命体の命や心といったSF的な面がテーマとして浮かび上がってきました。

しかし、今にして思うと、この2クール目で「必要な所まで踏み込まなかった」事が後々まで悪影響を及ぼしたように思います。
それは根本的な描写が不足していたという意味でもあるし、ここで「踏み込まない」癖がついて、これ以降に制作スタッフに逃げ癖がついてしまった事も指しています。

では「ここで踏み込んで描写しなくてはならなかったもの」とは何かというと、私は「魔進チェイサー(引いては機械生命体全般)の『心』とは何であるか」「そのチェイサーを信じるのは警察官として正しいのか」の2つであると考えます。

魔進チェイサーは元々はプロトドライブであり、グローバルフリーズでロイミュードに囚われて改造され、敵に寝返った、というものです。
この時、敵に改造されただけで正義の心は残っているはずだから信じるというのが進ノ介の言い分でしたが……元々人間を守るようプログラムされたのがロイミュードを守るよう書き換えられただけで、最初のプログラムが正義であったり、プログラムを超越した「人格」が宿っているのかという所までは踏み込みませんでした。
ここで機械生命体の心や人格について掘り下げなかったため、心が存在するのか分からないけど心が存在する体で話を進めるという事態を後に招いたと見ています。

そして、仮にチェイサーが「心」を持っていたとして、それを迎え入れるのが警察官の判断として正しいかはまた次の問題になってきます。
これは刑事という立場に託された社会的正義と進ノ介個人の情に依る正義が衝突した時どのように折り合いをつけるかという問いかけでもあるのですが、警察官の立場や責務という面が省みられる事はなく、進ノ介が正しいという事で話は進んでいきました。
この時、警察官である進ノ介と霧子はチェイスを取り戻す事に前向きで、職業上責任を持たない剛がチェイスに懐疑的という歪な構図が生まれてしました。
ここで警察官の責務の側面を無視した事が、やはり後にロイミュードを庇う進ノ介という形で再発する事になります。
このようにして、2クール目で曖昧にしていた所が後で問題になってきているような印象です。


3クール目。進ノ介の父親の死の真相、仁良編。

大長編ですが、私としてはここでドライブという作品の破綻が決定的となったと思っています。(客観的に破綻をきたした、と呼べるかは微妙であるので、挽回は不可能と私が確信したと読み替えてもいいです)
それは何よりも、1クールもの時間をかけて描いたものが「主人公の進ノ介が必ずしもロイミュードと因縁の深い関係を持っているわけではない」という結論にしかならなかったためです。
父親を殺した真犯人は仁良で、最初犯人と目されていたロイミュードは共謀関係にあっただけでした。

つまりロイミュードがいなくても人間(仁良)に逆恨みされていたわけで、これはここまでの単発のエピソードで描かれてきた「ロイミュードにそそのかされた犯罪者」と同じ程度の関わりであって、剛やチェイスの方がよほどロイミュードと深い因縁を持った関係にあります。
実際のところ、この3クール目では副次的な人物相関図の変化やアイテムの強化の方が重要で、仁良との因縁や進ノ介の父の話はこの後の4クール目では全く関わりを持たないし、知らなくても視聴には影響がなかったはずです。

また余談ですが、この3クール目で出てきた仁良、そして次のクールで出てくる蛮野については演技が非常に不可解でした。
元から妙にオーバーな演技をする事の多い作品ですが、3クール目に入ってからそれが加速しており、上述の二人は特撮の範疇を超えて、何故それほどまで他人に悪意を向けるのか分からないほどでした。
敢えて主観的な意見を言えば、この2人についてはただ不快なだけであり、まず劇の悪役として成立していません。
しかもこの2人は人間の人格であるのに「壊れた」言動をしており、それが一昨日の記事で書いたように「人間とロイミュードで人格の描写に差異がない」という話に繋がってきます。

おそらく制作スタッフは番外編を作っているという意識はなかったのだろうと思いますが、1クールも割いて描写したものが「さほどロイミュードと因縁がなかった警察官」の話で、しかもそれが主人公というのはもはや悪い冗談であるようにさえ感じます。


4クール目。
これまでの総決算……なのですが、2クール目で必要となる土台を用意しなかった事、結果的に3クール目が本筋と関係ない内容となってしまった事で事前の準備ができていない状態で最終章に入ってしまったという印象です。
実際に準備が足りていない事に加えて2クール目で見え隠れした「正義についての踏み込んだ議論を避ける」制作姿勢が改善されておらず、結果、わずかにあった積み重ねさえも否定する事になってしまいました。

これは一昨日の記事で書いている内容なので一部重複もしていますが、ここに至って進ノ介がロイミュード側への共感を示し始めるようになります。
その理由が「ロイミュードの目的は人類の殲滅ではなく支配である事」「メディックに人を愛する心を見出した」ためであるのですが、この頃にはこれらの同情と相反する社会正義(どんな理由があってロイミュードは人類を加えるし脅威である事)については触れられなくなっていました。
また、メディックに人を愛する心がある事を論拠にしていましたが、これも元は飼い犬の心をコピーしたものであり、本当にメディックの素の心であると呼べるかは言及されませんでした。

しかし、そういう論拠が不完全である事をよそに、ロイミュードとは理解できるという体で話が進んでいきます。
ここで蛮野博士がその本性をあらわして共通の敵となり、共闘して撃破するのですが……その過程でロイミュードは全て破壊されてしまいます(厳密にはハートだけ戦闘後に破壊された)
進ノ介はロイミュードを撲滅する事に迷いを見せ始め、ロイミュードが悪くない事を示すための装置として蛮野博士をラスボスにしたにも関わらず、当初の目的であったロイミュード撲滅は完遂するという歪な構図で物語は終わりました。

この最終章に至って機械生命体の心も罪も否定し、しかしそれを行ったのは警察官としての信念ではない(むしろ警察官の使命も否定している節がある)という、警察官の正義についても機械生命体の心についても否定する結末となりました。
これは劇中で積極的にそう結論が示されたのではなく、劇中描写を見ていくとそう結論付けるしかないという話です。


2クール目から作品のテーマに向き合わない、言わば「逃げの姿勢」を取るようになり、それを最後まで続けた結果消極的に全てを否定するに至ったという事で、原因と結果のハッキリした必然であったと私には思えました。
しかし、このような結末となった事に対しては納得しているのですが、今回のドライブの制作スタッフがなぜ逃げる姿勢を取り続けたのか、組織のしがらみや機械生命体の心の在り方について途中からでも真摯に描こうとしなかったのか、それはとても不思議に思っています。

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