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仮面ライダードライブ 心と罪と正義の所在

昨日仮面ライダードライブの本編が最終回を迎えました。
次回はゴーストに絡む特別編であり、今回の話を持ってドライブの物語は完結したと見てよいでしょう。

そのため、この機会に自分の考えをまとめておく事にしました。

なお、完全に批判側に立って記事を書いています。
盛大にディスっているのでその旨了承の上記事を読み進めてもらうようお願いします。


最初にハッキリと言いましょう。私はこの作品で提示されたヒーロー像には嫌悪と軽蔑の念さえ抱きました。
それは記事タイトルにあるように「心」と「罪」と「正義」の描かれ方が曖昧であり、これらを突き詰めていくと正義のヒーローとして不適という解釈以外ができなくなったためです。


まず、「心」について。
これはロイミュード、機械生命体に心や魂があるのかという問いかけです。作中の登場人物はロイミュードにも心が存在するという体で話を進めていますが、設定や描写などにおいて

・ロイミュードは人間の感情や人格をコピーする
・メディックがチェイスにしたり蛮野がやったように人格を弄る事ができる

という面があり、あくまで模倣したプログラムに過ぎないのではと疑念を抱かざるを得なくなっています。
では模倣した人格と機械生命体の「素」の人格の違いはどこにあるのか?
という次の疑問がわいてくるのですが、ここには劇中でほとんど触れられてきませんでした。

そしてこれは演出表現的な問題なのですが、人格的には人間とロイミュードで差異がほとんどありません。
ロイミュードは自分に自我があるように振る舞っており、その在り方に疑問を抱いていません。
超進化体になるために自分の人格の出所を探したメディック、成り行きで自分のコピー元について知ったブレンが「自我」について触れましたが、それでも人間との違いについて掘り下げられる事はありませんでした。
そして作風なのか、この作品は人間もやたらとオーバーリアクションを取ったり、「壊れた」演技をする事があります。
3クール目で出てきた仁良、4クール目の蛮野はどちらも人間の人格ですが、人格を改造して欠陥があると言われても納得するほど演技上の奇行が目立ちました。

ロイミュードは人間の人格をコピーしているがコピーしている自覚はなく、そして人間もそのロイミュードと人格面では大差なくて、心の在り方をあまりに気にしていない。じゃあこの作品の「心」ってどこにあるんだろうか?

私の知り合いがこの作品は人間もロイミュードも等しく心がないという結論に至りましたが、人格を簡単にコピーしたり改ざんできる一方でその「重さ」の描写がないため、その結論も私には妥当なものであるように思いました。



次に「罪」について。

最終話において、進ノ介はハートに対して、「ロイミュードは被害者で、本当の悪は人間が持っている」と説きました。
その少し前、4クール目では蛮野がラスボスとなる流れを作ってきましたが、その蛮野も元は人間の人格であるため、蛮野が諸悪だという方向に持っていきたいのだとの推測は容易に立てられます。

しかし、ロイミュードの行ってきた行動を振り返ると。

・クリムと蛮野の殺害
・1回目のグローバルフリーズの発生(進ノ介の元相棒もここで負傷して警官引退せざるを得なくなっています)
・その他、個々のロイミュードによる諸々の犯罪

と、ハッキリと犯罪を起こしています。罪というのは道徳観念的なものでなく、人間社会ならば裁かれるべき犯罪という意味です。
このようなロイミュードに対して被害者であると言い放つのは2つの点で不誠実な欺瞞であると私には思えました。
警察官である事の役割の放棄と、ロイミュードの自律的な思考の否定です。

この作品の主人公の泊進ノ介は警察官です。
警察官である以上人類社会の法を守らねばならないし、人間の社会の治安を脅かす者に手心を加えてはなりません。(機械生命体という人類社会から根本的に外れた集団は警察の管轄外な気もしますがそれはそれ)
であるにもかからわず、犯罪を起こした危険因子である事を忘れて、己の裁量でもってロイミュードに協力的になるのは理解できませんでした。
今回に限らず、進ノ介は自身がそのような立場にある事の自覚がないと感じる事がたびたびありました。職業上の役目と個人的な信条の葛藤は刑事ドラマの定番ですが、それはドライブにおいては最後まで見られませんでした。

また、この時の理屈は「人間が悪の心を持っており、ロイミュードはそれをコピーしたから悪事をなした。だからロイミュードは悪くない」というものだと思いますが、それでもロイミュードが自我を持っていて自律的な思考ができるのであれば犯罪を起こすという選択をしたのはロイミュード自身であるはずです。
ここで被害者であると言うのはロイミュードは自律的な思考ができずに悪の心のままに行動した結果であると言っているに等しく、機械生命体の心を認めていないのだと私は受け取りました。



最後に「正義」について。

進ノ介の思想・信条を別にして争いの結果だけを見ると、人類の完全勝利です。
108体いたロイミュードは全て破壊され、チェイスも戦死し、機械生命体という種族は絶滅しました。
ロイミュードは人間社会を脅かす脅威であり、それらを殲滅するのはヒーローとしては間違いではない……のですが、それならなぜ進ノ介はロイミュードに理解を示そうとしたのでしょうか?

私は数年前、ゴーバスターズ最終回にそれを批判する記事を書きましたが、この時に批判する最大の根拠は「当初から大きな目標となっていた家族の救出を達成できなかった」というものでした。
ドライブでの機械生命体との相互理解(&共存?)は4クール目になって急に浮上した話であり、この時のゴーバスターズと同列に語れるものではありません。
しかし、ロイミュードとの理解を一度テーマとして立ち上げて、実際何度もメディックを庇ったりして、でも結局ロイミュードを全滅に至らせて本来の目標を完遂する。
これは一体何なのか。どのようなヒーローを志向していたのか。

そして、進ノ介はロイミュードの事を何一つ「救って」はいません。生き残ったロイミュードは一体もいないし、人間に何かを託して逝ったわけでもありません。(せいぜいハートの「忘れないでいて欲しい」程度)
ロイミュードを悪の集団と見なしているのならば救う必要もないのでしょうが、ロイミュードを被害者であると言いながら実際には殲滅させたのはヒーローとしての矜持はどこにあるのかという話になります。


これらの要素を繋ぎ合わせると、警察官という立場でありながら人類の脅威となる勢力に肩入れしてその罪を否定し、しかし共存の道を探るでもなく殲滅するというあまりにも歪なヒーロー像になってしまいます。
それゆえに私は冒頭で書いたように、嫌悪と侮蔑の感情を抱きました。

もっとも、この作品は中盤からの迷走が尋常でなく、このような形で矛盾だらけのヒーローに至ってしまったのはある意味必然であったようにも思います。
最初から順を追っていくとどう迷走したか分かりやすいのですが……これも機会があれば別にまとめてみようかと思います。

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