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純潔のマリア10話「我憎み、我愛す」感想

純潔のマリア10話「我憎み、我愛す」感想です。


登場人物の多くがどんどん追い込まれていき、
クライマックスへ向けて駆け抜けていく感じが楽しくもあり恐ろしくもあり……

登場人物の大半は決して悪人ではなく、
それぞれ自分達の信じる平和や秩序を目指しているのがまたどうしようもない救われなさを感じてしまいます。
マリアが一刻を争う窮地にある中、ジョセフが武勲を立てて話を聞いてもらうという
非常に回りくどい道を選んだのがまたなんとも。


そして後半はエドウィナが動いてマリアの救出に。
ここ、本人が間接的にこの事態に関わっていた(痺れ薬や義手を作っていた)事に罪悪感を感じていたが、
最後に背中を押した決定打が「マリアが処刑されると魔女への畏怖が薄まっていずれ自分も迫害される」
という理由付けであるあたり、心の機微の描き方が非常にうまいと思った。
罪悪感だけでマリアを救いに行くような危険を犯せるような人間はそんなに多くなくて、
その罪悪感と、自分にも危険が及ぶかもしれないという直接的な利害が重なってようやく行動に出る事ができたと。

エドウィナが降りてきてからのシーン、
挿入歌の入るタイミングや曲が盛り上がるタイミングが映像と合ってて
盛り上がり具合が凄かったのですが、マリアじゃなくてエドウィナが戦うシーンでこんなに盛り上がっていいんだろうか……

前回から引き続いてまだ全体的に陰鬱な雰囲気がありますね。
エドウィナがそれを吹き飛ばしかけたとは言え。

アニメでのオリジナルキャラは最後どうなるか読めないのですが、
ここに来てますますどうなるか分かりにくくなってきました。
ベルナールは前回の後急に大人しくなってしまい、真意が読めなくなって困惑気味です。
このまま何となくフェードアウトするような事はないかと思いますが、
マリアに対する興味を失ったかのような振る舞いをするのは予想外でした。

ガルファは正直アニメスタッフがかなり気に入っているだろうというのが伝わってくるんですが、
行動に対する応報のバランスがうまく取れているので優遇されている感じはしないです。

ジルベールは途中までベルナールと別にいる理由が分からなかったのですが、
ベルナールが神学に対する理解で先に行ってしまったので、
ジルベールはこの時代相応の教えを守る立場という事で対比させる気なんだろうなと思った。

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