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金元寿子主演作品にみる「争いの要因」への法則性

金元寿子さんの主演作品について、
その法則性に思うところがあり考えをまとめてみました。
来年1月より開始される純潔のマリアの原作についても若干触れているので、その旨あらかじめ了承をお願いします。


今回私が注目しているのは

・死者が出るほどの争いを含む世界観において、その争いにどう対峙し、どのような結末を迎えたか
・「争いの要因」はその世界においてどれほど支配的であり、金元さんが主演である時役の上でどのような位置付けにいるか

という2点です。
TVで放送された金元寿子主演作及びその役を年代順に並べると次のようになります。


ソ・ラ・ノ・ヲ・ト(空深彼方)
侵略!イカ娘、侵略!?イカ娘(イカ娘)
琴浦さん(琴浦春香)
翠星のガルガンティア(エイミー)
ぎんぎつね(冴木まこと)
悪魔のリドル(一ノ瀬晴)
純潔のマリア(マリア)


この中で劇中で死者が出てもおかしくない争いを含む作品は
「ソ・ラ・ノ・ヲ・ト」「翠星のガルガンティア」「悪魔のリドル」そして「純潔のマリア」の4作です。
これらを順に見てみます。


まずはソ・ラ・ノ・ヲ・ト。
この作品は人類滅亡寸前の終末世界が舞台ですが、
物語の後半に隣国と開戦寸前になり、
主人公カナタ達がこれを止める事で物語は一旦完結します。
もっとも、ソラヲトは退廃的な世界ではありますが死別を想起させる要素はほとんどなく、
戦争を回避して完結するのは一つの予定調和だとも考えられます。

この作品では戦争を起こそうとした要因は軍部の中でも主戦派の一味であって、
主人公のカナタと対立はしましたが決して強大な勢力ではありませんでした。
実際、カナタに近しい者が団結する事で主戦派を止めるという展開になっています。


続いて翠星のガルガンティア。
人類銀河同盟に所属するレドが地球に漂流し、
現地の人々との交流を行って新しい世界に馴染んでいく……という流れの作品ですが、
この作品はシリーズ構成、原案が知る人ぞ知る虚淵玄氏だったという事情があります。
このせいでTVシリーズ放送当時は何か虐殺を行うのではないかと警戒され、
最終回放送直前まで不気味な緊張感は保たれていました。
TVシリーズが終わった今だからその警戒は無意味だったと言えるのであって、
当時はバッドエンドも有力視されていました。
しかし最終的な死者は何回かの戦闘での名無しキャラの戦死(いずれもそれ自体に焦点は当たっていない)、
数名の病死、それからチェインバー……といったところで、
悲劇的な別れはほとんどなく、大きな禍根も残りませんでした。
それは最近公開されたOVA前編で争いの要素が排除されている事からも分かります。

この作品での争いの主要因となったのは銀河同盟の合理的で好戦的な思想であり、
レドやクーゲルなど銀河同盟からの漂流者が持ち込んできたものになります。
(これは宇宙ではそうせざるを得ない状況にあり、必ずしも悪ではない)
銀河同盟そのものは非常に大きな勢力なのですが、地球との距離が離れているために作中での直接の介入はありません。
そのかわり、銀河同盟の思想に基づく統治がされたクーゲル船団が後半登場し、
レドはその銀河同盟らしい考え方を持つ事に苦悩し、決別する事になります。
この銀河同盟の思想の残滓と、ガルガンティアをはじめとする
現在の地球の価値観はTVシリーズでは大きな対比をなされていました。
TVシリーズでは、というのは、この対比の構図は
クーゲルの船団を撃退し、レドが解放された事でOVAでは概ね解消されているためです。
「銀河同盟の思想」という実体の掴みにくい影が争いを呼ぶ事になっていましたが、
同時にガルガンティア側の価値観も確固としており、
あくまでレドの主観において大きな影を落としていた、という位置付けになるかと思います。
金元さん演じるエイミーはガルガンティアの価値観を体現する立場にいて、
最後の最後に銀河同盟の影から引き戻す役割を担っていたかと思います。


それから、悪魔のリドル。
クラスメート全員暗殺者というキャッチフレーズで始まった作品ですが、
最終回でターゲットの晴、そして暗殺者達も全員生存していた事が判明して終わりを迎えました。
この終わり方には賛否両論あって私も「否」に寄っているのですが、
暗殺がテーマであるのに非常に珍しい終わり方をした作品ではあります。

全容が分かりにくくはありますがこの作品は暗殺者という職業が
それなりに幅をきかせている世界観であると思われます。
そして金元さんの演じる一ノ瀬晴以外のクラスメートは全員暗殺者で、
それぞれ殺意を持って暗殺を仕掛けてきます。(例え最終的に全員生存したとは言え)
前述の二作品よりもさらに「争いの要因」が広く浸透している世界なのですが、
この中においても晴はクラスメート達と仲良く学園生活を過ごすスタンスを貫こうとします。


ここまでの3作品を比べると、2つの特徴が見えてきます。

1つは、後ろに来るほど「争いの要因」が作品世界に対して支配的になり、
悪意の強い世界観になってきているという事。
最初のソラヲトは戦争を望む主戦派一味であったのが、
ガルガンでは宇宙に進出しても戦争を続ける人類の一派の話になり、
(ただし直接的に地球へ介入はしておらず、ガルガンティアへの啓蒙も失敗したので世界観を決定付けるほどではない)
リドルでは一ノ瀬晴が暗殺者に狙われる立場におかれる事になっています。

もう1つは、作品が変わって「争いの要因」が支配的になっても
金元さんの演じるキャラクターはその争いに対峙するスタンスが一貫しているという事。
どれだけその「争いの要因」が大きくなったとしても、主演作品においてはその要因に与さずに向き合う事になっています。
(余談ですが、「対峙」にあたって単なる説得で終わらず、必ずある程度の実力行使が伴うのも法則の一つかもしれません)

また、そのようなスタンスを取っても死亡はせず、平和的な結末を迎える事も共通しています。
ガルガンとリドルに関しては放送当時はヒロインが死亡するのではないかとの予想も立てられていましたが、それらの予想も覆されています。


そして、この傾向は今度の最新作にあたる純潔のマリアでも変わりません。
まだアニメは放送されていないので詳しくは語りませんが、
イングランドとフランスが百年戦争中のヨーロッパが舞台であるので
争いの悪意が強くはびこっている世界観であり、その中において戦争を止めるべく奮闘する物語になります。
原作通りであれば上記の作品群の流れに連なるような結末が待っています。


なぜこのような形で強い特徴が現れるのか、ハッキリ言えば私には分かりません。
声優が演じる役柄や作風に対してある程度の法則性が現れるのはまだ理解できますが、
作風やテーマ性、当然アニメの制作スタッフもバラバラであるのに
「争いをもたらす悪意に対峙する」という作中のスタンスだけは一貫しているというのは
誰かが意図して実現できる類のものではなく、真っ当に説明する方法が思いつきません。

しかしこれだけ一定の特徴が続くと理由は不明でも現象として発生しており、
説明する手段がないので偶然であると自分の中で片付ける事ができなかったので
与太話の範疇を出なかろうが考えをまとめて記事にするのに踏み切る事にしました。

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