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アルノサージュ インターディメンドという古くも革新的なギミック

アルノサージュ、時間かかりましたがクリアしました。

劇中で使用されている「インターディメンド」
が非常に衝撃的で斬新なギミックであったので、
これについて思う所を少々書いてみました。

アルノサージュの根幹をなす「インターディメンド」について触れているので、
ネタバレしたくない方は回避をお願いします。


まず、インターディメンドがどのようなものであるかと簡単に説明すると……
今のこの現実世界から「7次元先に実在するアルノサージュの世界」に接続し、
7次元先の世界の人間を操るという技術です。
この接続には専用の端末(PS3とかVITAとか)を使い、
接続しているのはプレイヤー、接続先はここでは作中主人公のデルタとアーシェスです。

これは要は、ゲームをプレイする我々がゲーム機を起動し、
キャラクターを操作していくというごく当たり前の事を言っているに過ぎないのですが……
これが作中にある技術として提示されており、
これによってプレイヤーがアルノサージュの世界を見ている説明になっています。

私はこれ、今まで誰も踏み込めなかった領域に踏み込んだなと感じました。
ゲームをプレイするプレイヤーをメタ的に世界観に組み込む事で、
コンシューマゲームが長年陥っていた
「プレイヤーと操作キャラの剥離」という難題に対する解決案を提示する形になりました。


特にRPGが顕著ですが、ビデオゲームが発達するにつれて
作品のシナリオも凝ったものになっていきました。
そうやってシナリオが凝っていくにつれて、
ゲームのプレイヤーと主人公(操作キャラ)でズレが起こるようになってきました。

例えば主人公が無個性だったのが人格が付与されて、
プレイヤーの価値観と主人公の価値観が合わないようになったり。
例えばゲーム中の主人公視点だと知り得ない情報を
プレイヤーが知ってて、その情報を元に行動が可能だったり。
(本来の主人公視点でないシーンが流れて、プレイヤーが主人公よりも多くの情報を得られる事はよくあります)
ゲームの中に「物語性」を作るほど剥離が起こりやすくなっていった、とも言えます。

この現象はビデオゲームに固有のもので、他の娯楽ではまず起こりえないものです。
例えばアニメや演劇だと「視聴者」はオーディエンスであって干渉できる内容は制限されるし、
スポーツや将棋など自身で競技をやる場合「プレイヤー」と「操作キャラ」でズレが発生しないためです。

恐らくゲーマーならゲームをプレイしてて
この「プレイヤーと主人公のズレ」が引っかかった事が一度ならずあるかと思います。
もちろんゲーム制作者も没入感を妨げる要素としてこの現象を把握していたかと思います。
もしかしたらゲーム制作者の間ではこの現象を示す
特定の用語があるのかもしれませんが、ユーザ側では聞いた事がありません。

ただ、これまでは「いかにしてこのズレを少なくするか」
という形でのアプローチが大半でした。
SF的な技術として裏付けを行い、むしろ積極的にシナリオに
組み込む事で違和感をなくそうとしたのは革新的な発想と言ってよいかと思います。


他のメーカー、他のゲームクリエイターが実現できなかった理由は大体察しがつきます。
プレイヤーがゲーム内世界に干渉する事に対してSF的に理論構築を行い、
さらにそれを有効に活用するシナリオを作り出す……となると
設計図が膨大なサイズになる事が自明なので多少の思いつきがあったとしても
形にするまでに至らずそのまま封じてしまったのではないでしょうか。

初代のファミリーコンピュータが発売されたのが1983年、
ゲーム内で「主人公の人格」がちゃんとあるのが
当たり前になったのが1990年代頃としても約20年経過しています。

その20年もの間、ゲーマーなら誰もが漠然と理解していながら手付かずでいた領域に踏み込んだ事は
ゲーム史における偉業とさえ呼んでいいのではないかと思う次第です。


まだ書き足りない事が残っていますが、長くなってきたので一旦ここまで。
後編も書いていく予定です。


4/13追記:後編を書きました

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