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ドキドキ!プリキュアへの不満とハピネスチャージプリキュア!への期待

ハピネスチャージプリキュア!が始まったので、
それに対する想いを前作を絡めつつちょっと書いてみます。

なお、この記事中ではドキドキ!プリキュアを盛大にDisります。
それを踏まえた上で記事を読み進めるようにお願いします。


ハピネスチャージについて話をする前に、
まずは前作であるドキドキについての評価を。
細かいところでの大小の不満はいくつかあるのですが、
その中で最も大きなものは「ヒーローとしての矜持・初心を失った」という一点です。


私は戦隊にライダー、プリキュアといった正義のヒーローが活躍する作品では
「ヒーローがヒーローたる矜持を守っているか」を最も重視しています。
それは作品の出来が悪い、クオリティが低いという話よりももっと重大で、
ヒーローとしての振る舞いをしていなければそれだけで
「この作品は認められない」と結論付ける事にしています。

同様に、私の価値観に照らしてヒーローの矜持を守り切れなかった
ゴーバスターズに対しても批判の記事を書いた事があります。
この時は救うと誓った相手を、抵抗や葛藤、後悔を見せる事なく犠牲にしたのが理由です。


では、何をもってドキドキにはヒーローの矜持がないと言っているかというと、
それは社会的な地位や名声にステータス性を見出し、その姿勢が最終回において
「首相から直接依頼をうける半公僕となる」形で結実した事によります。
(そしてこれは劇中では肯定的に捉えられている)

あくまで私の考える理想のヒーロー像であると断りを入れた上での話ですが、
襲い掛かる理不尽や邪悪に対して出来得る限りの抵抗をし、
そして正義のために戦うのであって名声のために戦うものではなく、
正義のためなら泥にまみれる事も辞さないのがヒーローであると考えます。
そしてドキドキの各話の展開を思い返すと、
マナのアイデンティティは常に「生徒会長」である事と不可分であり、
この「地位」は最後まで脅かされる事もなければ葛藤を生む要因にもなりませんでした。
葛藤を生まなかったというのは、
「劇中で無条件で良い物として扱っており、負の側面を掘り下げなかった」という話になります。
最終回の首相からの依頼も同様で、
「首相から依頼が来るほど認知されるのはプリキュアにとってステータスである」と捉えているだろうという見方ができます。
少なくとも、最終回の短い描写ではそれの負の側面を考えているようには見えませんでした。

地位や名声を得ることが即ち悪だと断じる気はありません。
それこそ他作品でも一般人に認知されたヒーロー像が描かれたケースはいくらでもあります。
けど、名声を主体的に求めたらそれはヒーローではないと私は考えており、
人々から声援を受けながら働く立場へと「出世」した事をハッピーエンドに描いたのは認められるものではありません。


正直言って、私はハピネスチャージが放送される前は
この「ヒーローの初心を失った状態」を引き継ぐ事を最も危惧していました。
そして1話を見て、少なくともそのようなケースにならなかったのが分かり安心しました。

フォーチュンは被害者を気遣っていたり、
プリンセスは弱くても弱いなりに何とか立ち向かおうとしていたり、
めぐみも変身できるようになる前から勇気を見せたり、と、
ヒーローらしさを最初から持っており……もう少し正確な言い方をすれば
「私の理想とするヒーロー像からずれていない」ように感じました。
あるいは穿った見方をすれば前作でこれらのヒロイックな演出があまりなかったので
逆に過剰なほどに入れる判断をしたのかもしれないとも思いました。

年間放送の間で矜持を見失うような事態にならず、初心を持ち続けられる事を願う次第です。

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